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四季体質

四季体質
体質がわかれば、自分が変わる!!

2015年5月18日月曜日

天国と地獄

天国と地獄


天の刻む時間

天刻

自我の刻む時間

自刻

天の時間で生きる時

我の時間で生きる時

そこには天国と地獄の差が生まれる。

2013年2月17日日曜日

生命循環の輪

 宇宙の実、地球
地球には宇宙の実の精”うみ”がある

うみにはさらに”精”があり
それが集まって”みず”となる

みずは光と交合し
みどりという生命を生む

みどりはやがて地に根をおろし
”き”となる
そして、
その”き”はどんどんと
天を目指して伸びてゆく

やがて”き”は                →頂きに達することの出来ないみどりは
その頂きに達すると、き(気)となり       太陽に呼応するように色とりどり
天に昇り太陽のひと交わる            の花を咲かせる。

ひと交わった”き”はその上昇を止め  →”ひ”をためた花は実りとなる
”ひ”となる

ひはその温度を下げてゆき       →熟した実は地に落ちて、
”ち”(地)に還る                 動物や他の生物の栄養となる

”ち”はたちまちにして広がり      →あとには種が残る、種は次の
やがてその働きを止め”し”(止)となる。         ”うみ”へと繋がる。
止となったしは次に”し”(始)へと移り変わる。

それは、静脈血が動脈血へ変わるように
実から種になるように

新たな”うみ”へのはたらきへと
繋がってゆく。



このようにして、生命は循環しその循環に色相環も呼応しているのです。




【犍陀多(カンダタ)の光の糸】

【犍陀多(カンダタ)の光の糸】
犍陀多の光の糸は誰にでもある。
タマスの泥濘(ぬかるみ)であがいているとその光の糸はたちまちにして切れてしまう。ラジャスの炎の海の中ではとても光の糸は届かない。こころ静かに見据えることができれば、光の糸はたちまちにしてその身を包んでくれる。しかしこの至光(サットバ)の時なすべきことを忘れれば、たちまちにして光は消え、タマスの奈落へ転落する。忘れないこと、それが大事。。。

芥川龍之介の 犍陀多の蜘蛛の糸を光に例えてみました。φ(゜゜)ノ゜

2013年2月11日月曜日

自然律の詩(うた)

 ながいながい眠りの中で、光は目覚めた。
それは本当にかすかな輝きであったが
次々と広がりはじめ瞬く間に壮大な光雲となった。

これ以上ないほど鮮烈な光の覚醒は
それによって照らされるあらゆるものを生み出した。
生み出された万物は相互に働きあい
そしてまた新たなものを生み出した

そのうち、ついに水の精(aquanome)が生み出された。

水の精は光と交わり命を生み
その命は進化を続け様々な生命を紡ぎだした。
そして生命の海はやがて意識の芽を生むこととなる。

そして生命と意識が結びつき
ひと、が生まれた。
ひと、は唄をうたい、踊り、祈りをささげ、そして語り合い
意識を育むようになった。

それは”太古”の昔も今も変わらず続いている。

そうして意識は繋がり、海となり
やがて大きなうねりとなる。

大きなうねりとなった意識の海は
また、新たな光を生む
そして、光はまた新たな物語を始めるのだ。

それが、私たちの生きる目的
それに交わるものは歓びと健康を得
それに逆らう者は災いを招き人々を苦しめる。
そこから離れるものはタマスの泥濘に足を取られ、自らを苦しめる。

人々は宗教や哲学、音楽、芸術、或いは風習としてそれを伝えてきた。

生きる目的を忘れずに。。。



2011年7月15日金曜日

みんなおなじ

人生の前半は 自分を知るためにある

人生の後半は みんな同じであることを知るためにある

2011年4月16日土曜日

白と黒、光と影

光があるから影がある。
影があるから光がわかる。

白があるから黒がある。
黒があるから白がわかる。

黒の先には、そのずっと先には
光がある。

黒から見れば、全ては色鮮やかで輝かしい。
影から見れば、全ては色鮮やかで輝かしい。

黒の中に本当の光があり、
影の中に本当の色がある。

黒は闇ではない、影は背景ではない。
全ての源なのだ。

そこを知るからこそ、人生は輝くことができる。


土があるから植物があるように
影や黒があるから光や全ての色がある。

Grounding !!